Nick Goold
外国為替(FX)市場では、主に需要と供給の関係で通貨レートが決定されます。つまり、通貨の価値は買い手と売り手の市場原理によって決まり、為替レートはそれぞれの国の経済ファンダメンタルズの変化に応じて変動しているのです。この制度を自由変動為替相場制といいます。
ドルペッグ制とは、自国の通貨をあらかじめ決められた為替レートで米ドルと紐づけ、固定する制度のことです。この制度では、その国の中央銀行が外国為替市場で自国の通貨を売買することにより、為替レートを一定の範囲内で維持できるように調整します。つまり、自国通貨の価値が米ドルに対して上昇または下降した場合、中央銀行はそれを所定の範囲内に戻すための措置を講じるというわけです。
ドルペッグには、ハードペッグ(完全固定)からソフトペッグ(一定の範囲内での固定)まで、さまざまな形態があります。
ハードペッグは、為替レートを固定し、柔軟性を持たせないもので、中央銀行が経済状況にかかわらず為替レートを同じ水準に維持すると公表します。一方、ソフトペッグは、為替レートが一定の範囲内で変動することを許容し、ある程度の柔軟性を持たせています。
ドルペッグは、その国の経済にとってメリットとデメリットの両方があります。主なメリットの1つは、国際貿易や投資において、安定性が維持できることです。これは、為替レートが固定されることで、企業にとっては輸出入に関する計画がよういになり、投資家にとってはリスクや機会の評価がしやすくなるためです。
しかし、ドルペッグ制は、その国の独立した金融政策を追求する能力を制限する可能性もあります。固定相場制では、中央銀行が一定水準の外貨準備を維持する必要があるため、金利の調整やその他の金融政策を実施する能力が制限されるからです。
また、ドルペッグ制は、世界経済環境の変化やファンダメンタルの急激な変化といった外的要因に対して、柔軟に対応ができなきなくなるため、その国の経済を弱めてしまう可能性があります。また、通貨に対するヘッジファンドや大手機関投資家から投機対象として取引される可能性があり、通貨を守ることは容易ではありません。
カレンシーボード制
カレンシーボード制とは、為替政策の1つで、自国通貨を他の通貨(通常は米ドル)に指定の為替レートで固定する通貨制度のことです。中央銀行が自国通貨を売買して為替レートを維持する従来の固定相場制とは異なり、カレンシーボード制は、中央銀行が流通する国内通貨と同額の外貨準備を保有することを義務付ける厳格な通貨ルールの基に運営されています。
カレンシーボード制では、中央銀行が新しい通貨を発行するのは、その裏付けとなる外貨準備高が同額である場合に限られます。つまり、通貨供給は外貨準備によって完全に裏打ちされ、為替レートがあらかじめ決められたレートに固定されることを保証するのです。
カレンシーボード制の主な利点は、通貨システムに対する高い信頼性と信用を提供することです。外貨準備高に完全に裏打ちされているため、ハイパーインフレや経済不安につながる通貨安や通貨切り下げのリスクを限りなく抑えることができます。
カレンシーボード制は、自国の通貨を米ドルに固定するという点で、ドルペッグ制と密接な関係があります。しかし、従来の固定相場制が中央銀行が自国通貨を売買して為替相場を維持するのに対し、通貨ボードは厳格な規則と規制によって固定相場を維持するという違いがあります。
過去のドルペッグ制
ブレトンウッズ協定
1944年に締結された世界的な通貨協定で、米ドルを世界の基軸通貨として確立し、米ドルと指定のレートで固定しました。この協定のもと、各国は米ドルを1オンスあたり35ドルの固定レートで金と交換することができました。しかし、1971年、アメリカ政府は金本位制を終了し、ブレトンウッズ体制は事実上終焉を迎えることになりました。
プラザ合意
1985年、アメリカの貿易赤字を減らすために、主要5カ国(アメリカ、日本、ドイツ、フランス、イギリス)の間で結ばれた米ドル安に誘導するための合意です。この協定の結果、日本円とドイツ・マルクは急騰し、米ドルは下落することになりました。
ドルペッグ制が維持されている通貨
香港ドル
香港ドルは1983年以来、米ドルに固定されており、1米ドルあたり7.8香港ドルという固定相場が設定されています。香港金融管理局(HKMA)は、外国為替市場で香港ドルを売買することで、ペッグ制を維持しています。
サウジアラビア・リヤル
サウジアラビア・リヤルは1986年以来、米ドルに固定されており、1米ドルあたり3.75SARという固定相場が設定されています。サウジアラビア通貨庁(SAMA)は、外国為替市場でサウジアラビア・リヤルを売買することにより、ペッグ制を維持しています。
人民元
人民元は過去に米ドルに固定されていましたが、2005年以降、中国人民銀行(PBOC)は米ドルに対して徐々に人民元高を許容しています。しかし、中国人民銀行は、人民元の対米ドル基準レートを毎日設定し、安定を保つために必要に応じて外国為替市場に介入するなど、為替レートに対する一定の介入をしています。
ドルペッグ制は、世界の一部の国、特にマイナーな新興市場経済において、現代でも注目されている金融政策手段です。ドルペッグ制は、短期的には安定性と予測可能性を高めることができますが、柔軟な政策変更がしにくくなります。そのため、ドルペッグ制と自由変動相場制のどちらを選択するかは、その国の経済状況や政策目標によって異なります。
ドルペッグ制がFX取引に与える影響
FXトレーダーにとって、ドルペッグ制は大きなリスクと同時にチャンスをもたらすことがあります。トレーダーは、為替レートが急変する可能性を認識し、ペッグ制に影響を与えそうな経済・政治情勢を監視します。状況が悪化し、ペッグ制の廃止や移動(再ペッグ制)が危惧されるようになれば、為替レートのボラティリティが高くなりやすくなります。こ注意すべき要因としては、以下のようなものが考えられます。
外的要因に対する脆弱性
ドルペッグは、世界の金利の変化、投資家心理の変化、商品価格の変動など、外的要因に対して脆弱になる可能性があります。為替レートが固定されているため、基礎となる経済状況の変化が反映されず、経済に不均衡が生じ、経済的不安定につながってしまう可能性が考えられます。
金融政策の柔軟性が制限される
ドルペッグ制は、独立した金融政策を制限する可能性があります。為替レートが固定されているため、国の中央銀行はファンダメンタルの変化に応じて金利や為替レートを調整できず、経済の安定化やインフレの抑制が難しくなります。
投機的な攻撃の可能性
ドルペッグは、通貨に対する投機的な攻撃のリスクを生む可能性があります。為替レートが過大評価されている、あるいは維持できないと判断した投資家が通貨を売ることで、為替レートに下落圧力がかかり、中央銀行がペッグ制を維持することが難しくなる可能性があります。1992年、イギリスが当時のEEC(現EU)の為替相場メカニズムから離脱する直前の時期には、有名な投資家ジョージ・ソロスが、ECU通貨バスケットに対するポンドのペッグが放棄され、ポンドが切り下げられるだろうとポンドの売りを仕掛け、最後には英中央銀行によるペッグ制が崩壊したことが典型例です。
ペッグ制維持の難しさ
特に経済に大きな不均衡がある場合や、外部環境が急激に変化する場合、ペッグ制の維持は非常に困難な政策といえるでしょう。中央銀行はペッグ制を維持するために外国為替市場に介入して通貨を売買しますが、当然コストがかかり、国の外貨準備高を枯渇させる可能性があります。さらに、固定相場制を維持することで、特に固定相場が経済に悪影響を与えたり、貿易の不均衡を生じさせたりしていると見なされた場合、政治的な圧力がかかることもあります。各国が公表している外貨準備高を見れば、現在のペッグ制を維持することがいかに困難であるかを示す兆候を知ることができます。
ペッグ解消に伴う変動とリスクは、FXトレーダーにとって注視しなければならない点です。2015年、スイスがユーロとのペッグ協定であった1.20ドルを撤廃すると発表し、スイスフランショックが引き起こされました。わずか数分でスイスフランの価値は20%上昇したのです。非常に大きなボラティリティとなったため、指定のレートでストップロス注文が約定せず、口座残高以上の損失を負ってしまったトレーダーが続出したのです。FX市場には、このようなリスクが伴うことを覚えておく必要があります。